自己受容を続けていると、日常の中でいろいろな気づきがあります。
今日は、そんな小さな気づきを一つ書いてみようと思います。
去年、うちの庭の紅葉の木に、鳩が巣を作りました。
2羽の鳩が、大切そうに雛を育てていました。
私は毎日その姿を見るのが楽しみで、無事に巣立つ日を心待ちにしていたのです。
ある日、ふと庭を見ると、枝に何かがぶら下がっていました。
最初は何かわかりませんでした。
よく見ると、それは蛇だったのです。
なぜ気づかなかったのかというと、蛇は雛を飲み込んだばかりで、口元が大きく膨らみ、まるで風船のようになっていたからでした。
私は思わず、
「あぁ……」
と声が漏れました。
親鳩は必死に羽をバタバタさせて威嚇していましたが、それは蛇には何の効果もありません。
私たちにも、どうすることもできませんでした。
ただ、蛇に飲み込まれていく雛を見ていることしかできなかったのです。
親鳩のことを思うと、気の毒で仕方ありませんでした。
そして、あまりにもショックでした。
でも、その出来事のあと、私はあることに気づいたのです。
私は、鳩側に立って世界を見ている。
もし、蛇側に立って見たらどうだろう。
この蛇は、何日も何も食べられず、ようやく見つけた命だったのかもしれない。
蛇に悪意があったわけではありません。
蛇にとっても、鳩にとっても、それはただ自然の中で起きている出来事。
『自然の摂理』だったのです。
その時私は、大きな視点でものを見ないと、被害者や加害者を作り出してしまうことがあるのだと知りました。
そして今年も、同じ場所に鳩が巣を作っています。
本当なら、「自然の摂理だから」と、そのまま見守るだけなのかもしれません。
でも私は今、木に蛇が登れない工夫をしようと考えています。
鳩を守ろうとしているように見えるでしょう。
蛇を悪者にしているように見えるかもしれません。
でも、本当は違いました。
私が守りたいのは、私自身だったのです。
もう、あんな悲しい思いをしたくない。
だから私は、蛇が登れない方法を探しています。
蛇が憎いわけではありません。
「これは誰のためなんだろう。」
そう問いかけてみると、最後は自分のためだということに気づかされます。
鳩も。
蛇も。
私も。
みんな、自分の大切なものを守ろうとしているだけ。
だから今年は、雛が無事に巣立つ日も、もし去年のような出来事が起きてしまう日も、その出来事だけを見るのではなく、その時の私の心も静かに見てあげようと思っています。
どんな反応をしてもいい。
その時の私は、きっと何かを守ろうとしているのだから。
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました😊
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